月城さんは、又八という武蔵の幼なじみで、何とか楽して生きようという人物。
月城さんって、真面目な役→おバカな役の交互なのか?というくらい、役の振れ幅が大きいですね。
月城さんがやると、こういうダメ男も男前ですが、役自体がしょうもない役ですからね。
おい、真面目に働けよって感じの。
月城さんには、もう少し位の高い役をやって欲しかったなと思います。
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今さらながら公式ページの人物相関図を見ましたが、お通の役紹介が「武蔵を慕う笛吹女」と。
笛吹女はないでしょう〜。
なんか忍びの者みたいじゃないですか。
ま、笛は吹いてましたけど。
武蔵を慕う娘(笛の名手)くらいでいいんじゃない?
別に笛吹きを生業としているわけではなさそうですけど。
さて、お通。
この人はすごく積極的ですよ。
昔にこんな女の人いたのかっていうくらい。
あの時代の女性が、自分から
「お慕いしております!」なんて言うかなぁ?
そこは、なんか違和感あったなぁ。
加えて、美園さんが非常に現代的な容姿の方ですから、より現代っ子ぽく見えてしまいました。
美園さんは斎藤先生の演出どおり、武蔵を困らせる勢いで演じておられましたが。
これは美園さんの問題ではなく、あくまでも斎藤先生の演出に従ったまで。
作品に恵まれなかったとしか言いようがない。
大劇場でのトップ娘役お披露目公演なのに、お気の毒。
武蔵を追いかけても結局どうにもなりません。
ハッピーエンドにはならない。
美園さんは感情が高ぶった芝居の際には、セリフが聞き取りにくいので、そこを気をつけて。
歌も同様に。声をしっかり出して歌える人ですから、歌詞を伝えること、役の気持ちを伝えることを大切にしてほしいですね。
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斎藤先生が今回テーマとしているのが、武蔵がいろんな人と出会って成長する姿なのですが、武蔵が成長したかどうかの物語って一番わかりにくくない?
成長した結果、何かを成し遂げないと、それは成長した証にはならないですよね?
舞台で見せる芝居なら尚更のこと。その部分は強く出すべき。
一回観て分からない芝居は、もう一回観ようという気にはなかなかならないものです。
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暁さんは、吉岡清十郎。吉岡道場の当主の役です。
着流し姿で、周りの人達とは違う空気をまとって登場した点には、成長を感じました。
目の表情が良くなりましたね。
セリフが京都のことばで独特なため、印象に残りました。
「来年の1月1日にまた来(きぃ)」。
身長がありますから、立ち姿も大きく、当主としての貫禄も出てきました。
最後の、朱実に対する態度がやや分かりづらかったのですが、人物相関図を見たらピンク色の矢印が付いていたから、清十郎は朱実のこと好きだったのかな?
武蔵と対決して、1回目は勝ちますが、2回目は負ける。
どうして2回目は負けたのか、よく分からなかったです。
武蔵がそれだけ成長したという表れなのでしょうか?
斬られた清十郎は、いきなり弟の伝七郎(夢奈瑠音)から、今日から当主は自分だとか言われて、結構かわいそうに見えました。
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吉岡清十郎の弟、伝七郎は夢奈さん。
こいつはまたしょうもない奴ですね。
武蔵をやっつけるため、子どもなら武蔵が手加減するだろうという汚い策を練るんです。
壬生源次郎(羽音みか)という12歳の少年の名前で果たし状を出しますが、
武蔵は戦いにおいて、頭をやっつけるのが先決だと判断し、幼い源次郎を一瞬で斬ります。
そして、吉岡一門はほぼ全滅。
70〜80人ほどを倒したらしいです。
伝七郎のせいで、一門がつぶれちゃったじゃないか。おいおい。
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吉岡一門のひとり、植田良平の蓮つかささんは、キリッとした顔立ちなため、結構目立ってました。特に何をするという訳ではありませんが、蓮さんは口跡がいいですから、セリフがしっかりと聞き取れます。
あと、祗園藤次の輝月ゆうまさん。
この人は、白雪さん演じるお甲とややこしい関係にありまして。
吉岡一門が武蔵に倒された際も、ちゃっかり逃げました。
最後は、出雲阿国(晴音アキ)の一座に拾われたみたい。
輝月さんにしては、役が小さいなと。
もっと悪い役をやってもらいたいです。
この人が宍戸梅軒の方がいいのでは?
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→続く